スリランカギター界のこれからを考える
今回、スリランカで行った一連の活動を振り返って強く感じるのは、この国のクラシックギター文化が、いままさに「形になろうとしている途中」にあるということです。
環境も制度も、決して整っているとは言えません。それでも、学ぼうとする若い奏者がいて、耳を傾けようとする聴衆がいて、そして場をつくろうとする人たちがいます。その事実だけは、はっきりと目に見える形で存在していました。
では、その中で自分は何をすべきなのか。

日本人である私にとって、西洋クラシック音楽は決して「ネイティブ」な文化ではありません。
しかし今回の滞在を通して見えてきたのは、同じように異国の文化を耕してきた立場だからこそ、日本の先人たちが長い時間をかけて西洋音楽を受け入れ、育んできた歴史や経験を、スリランカの方々と分かち合うことの意味でした。そのような形で、場と場、人と人をつなぐ立ち位置の重要性を、あらためて認識しています。
高度な技術や完成された理論を、一方的に持ち込むことではありません。現地の状況を理解したうえで、次の一歩がどこにあるのかを一緒に考え、必要な形で提示していくこと。
学ぶ側と聴く側、若い奏者と次の世代、その間にある距離を、時間をかけて少しずつ埋めていくこと。

それが、いま自分に求められている役割なのだと感じています。
スリランカのクラシックギター界は、まだ大きな成果を誇れる段階にはありません。
しかし、芽は確かにあります。そして確かな才能があります。その芽が育つかどうかは、誰か一人の才能や努力に委ねられるものではなく、現地の人々がどのようにギターと関わり続けていくか、時間と継続、そして関わる人の数によって決まっていくはずです。
今回のコンクールが、将来振り返ったときに「最初はこんな形だった」と語られる日が来るかもしれません。もしそうなったとき、この小さな試みが、その歴史の一部として静かに残っていれば、それ以上のことは望みません。
できることは限られています。それでも、演奏し、教え、場をつくり、音楽を通して人と関わり続けること。
その積み重ねこそが文化を形づくっていくのだと信じて、スリランカのギター文化と、これからも向き合っていきたいと思います。










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